私の知る神谷建築・・・①

スタッフの神谷みどりです。梅雨明けしたのでは・・・?と思うぐらい毎日暑いです(>0<;)

海の日の今日も現場は稼動しております。この猛暑の中、ものすごい汗をかきながらお仕事してくれる職人さん方々には、頭が下がります。

代表も三代目の大工職人の一人です。

私が神谷家に嫁いで、早いもので今年で22年になります。神谷建築の歴史は約70年と長いですが、私の知る神谷建築を順を追って振り返りたいと思います。

私が刈谷へ来た頃は、代表の祖父である初代:武則(たけのり)はすでに大工職人からは引退していました。

(下の写真は 若い頃の、祖父と祖母と叔母である姉妹)

 

大親方でもある、祖父を知るOB様からは「武則さんは、口数は少なかったけどマジメで腕の良い大工さんだったよ~。」というお話をよく聞きました。

大親方には、住み込みでお弟子さんがいました。今は皆さん独立し、それぞれ棟梁としてご活躍されています。

3代目の現代表が子供の頃は祖父やそのお弟子さん達に遊んでもらったり外食に連れていってもらったりしていたそうです。 私とほとんど同じ時代を過ごしているのに、代表たちの話を聞くと「三丁目の夕日」の時代のような大家族&職人さん&ペットたちの暮らしをしていたようです。お風呂も薪風呂で代表も薪割りや火をつけたりしていたというのでビックリです。

でも、当時の話を聞いていると今に比べて不便なことも多かったと思いますが、温かい暮らしを感じました。

その後、初代は70歳できっぱり引退し二代目に託し、お酒もタバコも辞め、その後は大好きな相撲観戦や読書、庭の手入れ、犬の散歩などしてた姿を私は見てきました。

時々、孫である現代表が「刻み」の作業をしていると指導してくれた事もあったようです。大工として自分と同じ道を歩みだした孫を、どんな想いでみてたのでしょうか。

代表にとっては、やはり同じ大工職人として今でも偉大な存在であり、子供のころも祖父と過ごした事が多かったようで今でもよく昔話に出てきます。 また、ひ孫である私の息子も一緒に過ごせる時間があった事は貴重だったな・・・としみじみ思います。

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