【見えない仕事と思い出と】
木のマンションリノベーションの内装で施主様に好評なのが、無垢材を貼った大きな壁。
壁一面に貼ったレッドシダーやウォルナットは圧巻で、その壁の前に何気なく置いた植物、お気に入りの飾り物も様になってしまう。
「神谷さん、この壁凄く好きなんだ。」
と壁を丁寧に撫でる施主の姿を見るとこちらも嬉しいし、造った側として誇らしい。
もちろん家づくりの好みは人それぞれだから、全ての人にそれが良いいとか思わないが、この無垢の木壁はカミヤスタイルらしいものの一つになっていると思う。
マンションの内装解体後のコンクリートの壁は、真っ直ぐで傾きも無いと思っている方も多いと思いますが(マンションリノベをやる前は私もそう思っていました)
実際には壁は結構曲がっているし、ビックリくらい傾いていたりするところもある!
その壁の垂直水平を下地の段階で修正して真っ直ぐにしていく。地味で手間のかかる作業になる。
仕上げに貼る木は同じように見える木でも、並べてみると色柄は違うし天然物なので反っていたりするものもある。
それを床に仮並べして色柄を揃えて貼っていく。
こんな、完成の時には見えない部分の手間は、かけただけ仕上がりが美しい。
このような完成に至るまでの全ての手順が、結果に出てしまうものが建築というものだと思う。そこには職人の性格も出るし、仕事に対する熱意もみんな出てしまう。
祖父や父の手がけた家の改修をすることがある。
その住まいは、いかにも大工の棟梁が造った家だったりするので無骨。今の住宅に比べたら断熱性は・・・までもない。
作業の休憩中に差し入れて頂いたお茶を飲みながら、施主様がこの家を建てた時のお話を聞いていると、ついこの間の事のようにお話ししてくれる。
そして「丈夫に造ってくれたので、安心して住める。大工さんの造った家はしっかりしている。」と言っていただいた。
「住む人も誰が造ったかわからない家、造る人も誰が住むかわからない住まい」よりも
「私の為にあの人が造った家。」
「あの人が暮らす家を造っている。」その方が当然想いが入る。
施主の顔が見えて、その住まいの完成後に暮らす姿を想像しながら造っているということが、長く愛されるものを生んでいるのかもしれない。
その話を聞いたあとでは、その家の無骨な姿はどうでも良くなってしまった。
そんなことはどうでもいい、その家は住む人の愛がこもったとても美しいものなのだと思えて仕方がないのだ。